ゲリラ豪雨

ゲリラ豪雨、という単語を耳にするようになって結構な時間がたつ気がします。


しかし、よく考えると、夕立、という言葉はあっても、ゲリラ豪雨、という言葉は子供のころにはなかった単語だよなぁ・・・とも思うところです。

 

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確かに、ゲリラ豪雨と呼ばれる天気は夕立と呼ぶには雨がすごいし短いし、雷の頻度も高いし、雷が近いように感じます。
ついさっきの昼間も土砂降りが昼飯のタイミングに被るかもしれないとびくびくしていたが、昼休みになる15分前くらいにザーっと降って、昼飯に行くときにはあがっていて、ある意味ゲリラ豪雨で良かったと思いました笑。
私は中学時代から吹奏楽でホルンを吹いています。今は50代のおばさんですが今でも吹いています。楽器は高校を卒業する際に親からお金を借りて購入したものを使っていますが、もう30年以上も使っていますし、途中お手入れが悪い時期がありましたので我がホルンも少々不調です。そして私の体力も少々下降気味かもしれませんね。。
さて、7年ほど前、父方の伯母が他界した際に伯母の長男家族に会うことができました。
それまで伯母も私の父も冠婚葬祭始め行事に私たちをあまり連れて行くことがなく、会う機会は皆無でした。
時々伯母の自宅に行くと今さっきまで息子が来ていたのにというニアミスは何度もありましたので、名前や職業は聞いていましたが、写真を見せてもらっても、すぐに記憶からは消えてしまうくらい縁遠い存在でした。
伯母の葬儀のあと、従兄の息子娘と話をする機会があり、ふたりとも音大卒で息子サキソフォンを吹き、今は大学院に在籍しているとのこと、娘はトランペットを吹き音楽教室の講師などをしているとのことなど聞くことができました。
音楽の話が親戚でできるなんて嬉しい限りの私でしたが、なにせ席が席ですからあまり笑うような内容の話はできず、その後SNSで従甥や従姪とやり取りするようになったのですが、その後この息子つまり私からみると従甥がサキソフォンの世界大会に出場し優勝するという快挙を成し遂げたのです。
その後私の居住する県にも演奏会で来たり、ソロコンサートを開催したりでしたが、メディアでは雑誌の取材はあったもののピアノやバイオリンなどの
ようにワイドショーで取り上げられるという事もなく、知る人ぞ知るといった感じでしょうか…とはいえ市民バンドのホルン吹きからすればうらやましい実績と実力です。
従兄の妻に聞いても音楽をやっている親族はいないとのことですので、多分私たち側の遺伝子があるのでは?と良いように解釈をしています。
となると、なぜ私にもそのような遺伝子がなかったのかということですが、多分少しは血筋を惹いているのでしょう。だからホルンを吹いていますし、若いころはエレクトーンを弾いてリクエストにお答えするなんて仕事もしていました。と言っても私は音楽教室でエレクトーンを習ったのは社会人になってからでしたし、育児が落ち着いた頃、ホルンを有名な先生にマンツーマンで習いましたがなにせお金が続かないため、レッスンも中途半端で辞めざるを得ずでした。

血筋があっても遺伝子があっても環境がないと極めるのは難しい。もし環境がないのなら奨学金を借りるなどの情報があれば音大に進んだりまた人生が変わったのでしょうけど、残念ながらその情報は私にはなく、調べるすべも全く知らず、是が非でもというガッツが当時はなかったので、希望を進路指導で伝えることもなく高卒で親の言うように事務職で就職しOLになり、OL生活に慣れたころから週に何回かは夜エレクトーンを弾きに行く副業をし、趣味で市民吹奏楽団でホルンを吹くという生活でした。
先日かの有名な声楽家は奨学金で音大を出て、とある映画の主題歌がヒットしお金が入り、そのお金で奨学金を返済したと聞きました。
やはり極める人は努力をし、そこに運が向いてきて環境が整うのですね。
なぜ私は奨学金を受給して進学するというところまでがんばらなかったのか、今無資格の人生を振り返り後悔しています。